[講座リポート]役者と製作者が語る 国立劇場の歌舞伎
2023年3月21日、国立劇場伝統芸能情報館3階レクチャー室で公開講座「役者と製作者が語る 国立劇場の歌舞伎」を開催しました。国立劇場は、伝統芸能の保存と振興を目的に、1966年(昭和41年)11月、東京・半蔵門に開場しました。この講座では、歌舞伎役者の中村又五郎さんと国立劇場の大和田文雄理事を講師に迎えて、国立劇場の歌舞伎についてお話いただきました。
(又五郎さん)
開場の時は10歳でした。青年から大人になって、役者を目指すようになり、歌舞伎の舞台に出るようになってから、国立劇場で行われる「復活狂言」や「通し狂言」※1をよく見に行きました。現状の歌舞伎公演では、通し狂言、全段通しというのは時間的や様々な事情で接することはなかったのですが、国立劇場さんでは通し狂言があったので、(自分が)出演していない時も国立劇場に行き、「話に聞いてはいたけどこうなんだ、写真では見たことはあるけど、こうなんだ」と思って舞台を見ました。
(大和田理事)
国立劇場では夏に、主に生徒、学生さんを対象にして解説と鑑賞をセットにした歌舞伎鑑賞教室※2を開催しています。又五郎さんは、10回ご出演いただいていますが、鑑賞教室の思い出はありますか。
(又五郎さん)
鑑賞教室については、先輩方からここでは言えないようなお話も聞かせていただきましたが(笑)、でも、今の学生さんは本当に真剣に静かに見てくれています。何か自分たちを見て学習しようかなという感じが最近の学生さんに見受けられますね。
(大和田理事)
鑑賞教室は親しみやすく、歌舞伎ファンを育てる意味合いが強いのですが、俳優さんを育てる側面もありますね。
(又五郎さん)
本当にそうですね。鑑賞教室では、本当に大きなお役をやらしていただきました。振り返るといい経験だったと思います。先輩方から厳しくご指導いただいてお役を勤めました。
(大和田理事)
鑑賞教室は、若い役者さんを抜擢し、活躍させることで、芸域を広げるとともに、その熱意が世代の近い学生に伝わる。一方で、その時代の名人芸の第一級を見せることも行う。同時に行うことは難しいので、使い分けて鑑賞教室を行っています。最近は、役者さんが新しい活躍をすることで、お客様も役者さんも育つという方針で行っています。解説は、その後に見る歌舞伎をいかに楽しめるかを中心に話しています。リアルなライブの歌舞伎に感動してほしいからです。
(又五郎さん)
最近の学生さんは本当に真剣に見てくれて、悲しいお芝居の時は、泣きましたと言ってくれる学生さんもいました。筋が分からなくても、どこかいいところを一つ、記憶に残ることを見つけてくれればいいなと思います。そして、また歌舞伎を見てくれればいいなと思います。
(大和田理事)
又五郎さんは、以前、別の取材で鑑賞教室にまつわる役についてお話されたと思うのですが。
(又五郎さん)
鑑賞教室では、本当に大きなお役を、他所では経験できないようなお芝居を経験させていただきました。大きなお役は直に教えてもらわないと分からないものが多々あります。特に(五代目中村)富十郎のお兄さんには若い頃から色んなものを教えていただきました。まずは何をやるにしても富十郎のお兄さんに教えを乞いました。
(大和田理事)
富十郎さんはどのように教えてくださるのですか。
(又五郎さん)
富十郎のお兄さんには分かりやすい言葉で稽古をしていただきました。また、二代目(中村)吉右衛門のお兄さんには、厳しくご指導いただきました。一緒の舞台で、国立劇場でありました『忠臣蔵』の七段目で(吉右衛門さんが)由良之助をなさってて、私が平右衛門をさせていただいた時には、終わってお疲れのところ毎日のように楽屋で「あそこはこうだよ、こういう気持ちなんだよ」と教えていただきました。
(大和田理事)
鑑賞教室では、同じ芝居を1日2回行っていただくのですが。
(又五郎さん)
2回勉強させていただくつもりでお役を勤めるのですが、そういう自分と疲れちゃったなという自分と、いい人と悪い人が体の中にいるんです。
(大和田理事)
気分的に大変なお役は、役者さんによっては役を一日引きずるという方もいますが、又五郎さんはいかがですか。
(又五郎さん)
精神的には引きずらないですが、真山青果さんの『江戸城総攻』の薩摩屋敷の西郷隆盛役は永遠としゃべるんですよ。さすがにその時は寝ながらせりふを...、私にしては珍しいことでした。
(大和田理事)
真山青果さんの作品はせりふが多いですからね。
(又五郎さん)
新作とはいえ、真山青果さんが歌舞伎役者にあてこんで書いた作品ですので、歌舞伎に基づいたせりふ回しをしないと、歌舞伎以外の芝居になってしまいますから、そういう意味では難しいですね。
(大和田理事)
この国立劇場は、今年の秋に閉場するのですが、施設の思い出はありますか。
(又五郎さん)
開場して二か月目の12月に『菅原伝授手習鑑』の「寺子屋」の小太郎をやらせてもらって、真新しい国立劇場に来た時はびっくりしましたね。廊下は広くてね、舞台の中が広くて、お風呂は泳げる広さで、子ども心にすごいなと。
(大和田理事)
国立劇場(大劇場)の舞台は、演技面の6倍の広さがあります。
(又五郎さん)
舞台一面に飾ってある屋台をそのまま移動できる。他の劇場はまず解体しないといけない。新しい国立劇場もぜひ同じようにしてほしいですね。
(大和田理事)
花道は歌舞伎座より国立劇場の方が少し長いんですが、出てきた時の感じは違いますか。
(又五郎さん)
出てきた感じは違いませんが、長さは、しんどいものがあります(笑)。(退場の時は)普通の劇場ならこのぐらいで(奥に)入ったかなと思うののもうちょっと(距離が)ある。
(大和田理事)
新しい劇場がどういうふうになっていくのか、我々も色々な提案を受け付けながら考えていきたいと思います。
(又五郎さん)
いい劇場ができるといいですね。
約1時間30分の対談で、又五郎さんには、国立劇場の歌舞伎を通して先輩方に稽古してもらった当時を回顧していただき、ユーモアも交えながらお話しいただきました。聴講された皆さまは、大変貴重なお話に時に笑い声を上げながら、和やかな雰囲気の中で耳を傾けていました。大和田理事は、多くの皆さまに伝統芸能の歌舞伎に親しんでもらうために行った国立劇場の試みなどを紹介し、そして生まれ変わる国立劇場にご期待くださいと話しました。
よみうりカルチャーでは、国立劇場が10月に建て替えのため閉場するのを受けて、これまでに「国立劇場のあゆみ」(2022年10月8日開催)、「国立劇場まるごと見学ツアー」(2023年2月3日開催)の2講座を開催しました。今回の講座「役者と製作者が語る 国立劇場の歌舞伎」では又五郎さんと大和田理事にご登壇いただきました。
現在、国立劇場では「さよなら公演」を開催しています。あと残り僅かです。ぜひ国立劇場へお出かけください。そして、新しい国立劇場を楽しみにお待ちください。
※1:歌舞伎の上演形態の一つ。歌舞伎で言う「狂言」は能狂言の狂言とは異なり、演目そのものを指します。ひとつの演目を始めから終わりまで通して上演することを「通し狂言」、複数の演目の名場面を集めて上演することを「見取り狂言」と言います。「復活狂言」は、長い間上演されなかった演目で、脚本に手を加えたりして復活上演される演目のことです。(参考:歌舞伎公式総合サイト「歌舞伎美人」)
※2:「国立劇場 歌舞伎鑑賞教室」は6月と7月に、日本の伝統芸能に親しんでもらうことを目的に「実演を交えた解説」と「名作の鑑賞」という構成で、開催されています。若い世代、学生・生徒から一般の皆さまにもお楽しみいただけます。