[WEB連載コラム]第15回 ブルー・アイランド氏がやりたかったこと(文と絵 青島広志)

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 音楽家として一応認知されているのに、むしろ美術が好きである。知識としても音楽史や理論よりも、美術史や絵画論のほうが詳しいはずだ。しかし今のところ音楽大学でしか教鞭をとっていないし、カルチャーセンターでも同様である。もっともこのところ、地元の駒込ではやっと「少女漫画史」や「ギリシャ神話」講座が開かれるようになったし、雑誌の連載も、絵の分量が増えている。楽器店や音楽ホールではあるが、個展も数回というように...確実に増えて来ている。


 ただ問題なのは美術全般に興味があるわけではなく、絵画中心で、彫刻はそれに次ぎ、建築となると手も足も出ない。その絵画もルネサンスが主で、バロックになるとその重厚さに辟易(へきえき)する。あとは超現実派を含む20世紀だが、抽象は美しいとは思うものの、アイディアだけの作品だと直感するのである。例えば、大枚はたいて絵を購(か)うとする。それは画家がどれくらい細かく作業をしたかを愛(め)でるためで、一筆描きは評価しない。こうした偏った収集家なのである。


 幼い頃から美術の本を楽しみつつ---- ---- 時には溜(ため)息をつきながら見て、現実でも演奏会より展覧会に多く通っているので、一目見ていつ頃の、何派の作家かは当てられるようになった。画家たちとの話でも「先生の絵はクリヴェッリに似てる」※① とか「お顔がフィリッポ・リッピそっくり」※② などと言うと対応が違ってくるのである。これは空間芸術(美術)のほうが時間芸術(音楽)よりインパクトが強く、一瞬のうちに人をとらえる力を持っているからだ。音楽には必ずB級の時間があり、だからこそA級の部分が際立つのだが、せっかちなので待っていられない。ただ、美術のほうも、特に旅行先の美術館などでは、そうゆっくりと見ているわけにはいかない。目に印象を焼き付けるのである。漫画家上田トシコ先生から「目は写真機」と言われたが、まさにその通りで、細部まで一瞬で見届ける。この力がかなり強いらしい。久しぶりに会った相手に「歯の隙間がつまった」「ほくろがなくなった」と言うと驚かれることがある。


 これだけでは単なる記憶力に過ぎないが、評論家と呼ばれるには、そこに自分なりの強い主張がなくては---- ---- 「歯科医に500万払ったらしい」「まだあと5個残っている」とか。物故作家ならいいが、存命作家には失礼なことになるのだろう。でも音楽評論家もかなり失礼な輩が居るからおあいこだと思ってはもらえないものか。

※注)①は高橋真琴、②は荻原克哉



青島さん 写真提供:Gakken Pub199-248.jpg■プロフィル

 東京藝術大学講師。オペラや合唱など作曲した作品は200曲を超える。ピアニスト、指揮者としての活動も47年を迎え、コンサートやイベントもプロデュース。「題名のない音楽会」「世界一受けたい授業」などに出演している。


★お知らせ

 荻窪センターでは毎月1回、「オペラ実演の醍醐味(ロマン~近代編)」を開講中。今期は普通とはちょっと違ったオペラを取り上げます。声楽的な見方だけでなく、広い視野からその作品を俯瞰します。講師が招く特別ゲストもお楽しみに。オペラ講座は多いとは言え、これほどの名歌手を間近で聴けるのは、この講座しかありません。

 4月は春をうたった歌曲やアリアをご一緒に演奏します。おお春よ(ティリンデッリ)、四月(トスティ)、「ミニョン」より君よ知るや南の国(トマ)など。5月は ドイツの春をうたった作品を取り上げます。「こうもり」よりチャルダッシュ(ヨハン・シュトラウス)、春への憧れ(モーツァルト)、飛騨高原の早春(小林秀雄)など。


次回の掲載は5月20日予定

バックナンバー

(情報誌「よみカル」2017秋号~2019冬号に掲載。2020年春からWEB掲載)

第1回「ガムラン奏者」

第2回「少女漫画のアシスタント」

第3回「香港の中華料理店の下働き」

第4回「オペラのコレペティートル」

第5回「プランクトン研究者」

第6回「お花を活ける人」

第7回「写譜屋」

第8回「古本屋の店主」

第9回「プールの監視員」

第10回「女性文化の担い手」

第11回「服飾デザイナー」

第12回「占い師」

第13回「司会者」

第14回「譜めくり」